『BRADIOのファンキーハンター』【田島貴男編~極上のポップスとは!?~】

連載・コラム

[2017/3/12 12:00]

人気上昇中の若手ファンキーロックバンドBRADIOが、より“Funky!!”なバンドを目指すべくファンキーなヒト・コト・モノに出会いに行く連載!


日本の極上ポップスメーカー田島貴男が登場!

今回の『BRADIOのファンキーハンター』は日本人編の第2弾。BRADIOがライブで楽曲をカバーするなど強くリスペクトしている田島貴男(オリジナル・ラブ)が登場だ! 田島はオリジナル・ラブのメジャーデビュー25周年となった2016年、自身の作曲ノウハウをたっぷりと綴った書籍『ポップスの作り方』を刊行。BRADIOメンバーも同書にかなり感化された様子で対談は大盛り上がり。また、田島が楽曲を提供したアイドルグループNegiccoとBRADIOは同郷で親交も深く、そんな縁もあってトークはより一層ファンキーな雰囲気でくり広げられた!

<耳マンのそのほかの記事>

INTERVIEW

左から田邊有希(ドラム)、酒井亮輔(ベース)、田島貴男、大山聡一(ギター)、真行寺貴秋(ボーカル)

自由に作られた音楽がヒットするような現象を起こしたかった

田島:お〜! その衣装良いねぇ!

BRADIO一同:ありがとうございます!

真行寺:実はBRADIOで『接吻』をカバーさせてもらってライブでやらせてもらっていたりもして、今回ぜひ田島さんにお会いしたいと思いまして。

田島:そうなんだ!? それは嬉しいなぁ! 毎回やってよ(笑)!

真行寺:いつかぜひ一緒にやってください(笑)! 田島さんの本『ポップスの作り方』もみんなで読ませてもらいました。

田島:本当に嬉しいね。ありがとう!

真行寺:田島さんももともとはパンク好きだったということですが、僕らもそれぞれ昔はパンクやロックをやってたんです。田島さんの歩みと自分たちもリンクする部分もあるなって思いながら読ませていただいて。

田島:みんなもロックやってたんだ? 僕らの世代ってパンクからファンキー系に行ったミュージシャンも多かったんだけど、BRADIOの世代はそういう感じでもないもんね? けっこう珍しいんじゃない? 20代のミュージシャンって今またファンキーなことやってるけど。

真行寺:そうなんです。僕らちょっと特殊で。

田島:ちょっと微妙な世代なのかもね。例えば今はインディーズとメジャーの境界が曖昧で、Suchmosのようなストリートミュージックだってヒットするわけだけど、僕がデビューした1990年くらいってストリートミュージックがヒットすることはほぼなかったんだよ。インディーズとメジャーの境界がもっとはっきりとあったんだよね。でもやっぱりインディーズの人たちがやっているような、自由に作られたかっこいい音楽が実際にヒットするような現象を起こしたかったし、だからこそ本当にいい曲ってなんだろうって研究したね。

真行寺:実際はどんなことを研究したんですか?

田島:最初はシンプルに「ポップなメロディって何だろう?」っていうところかな。ビートルズだったりカーペンターズだったり、スタンダードになった曲って当然ながらめちゃくちゃよくできてる。「時代が変わっても人々に聴かれるメロディってどんなものだろう?」って想像してた。いろんな音楽を聴いたよね。スティーヴィー(・ワンダー)の音楽もよくコピーしたなぁ。

真行寺:やっぱりスティーヴィーですか!?

田島:うん、いまだに聴くし……最近またハマってるよ(笑)。今のいちばんのオススメ(笑)! 3年前くらいからジャズのギターを習ってるんだけど、ジャズが少しわかるようになってから彼の昔の作品を聴いたらぜんぜん違って聴こえたんだよね。

大山:ジャズギターをやるとそんなに変わりますか?

田島:うん、『Innervisions』(1973年)とかさ、彼が音楽を勉強してる頃の作品を聴くと、モード的な進行とかが使われてたりね。『Too High』って曲がかっこいいんだ。

大山:本にも田島さんがジャズギター始めたことが書いてあったので、僕もやってみたいと思ってるんですけど……敷居が高くてなかなか踏み込めないんです。オススメのギタリストってどのあたりですか?

田島:有名な人だったら誰でもいいと思うよ。僕はジョー・パスとジム・ホールから好きになったんだよね。ジムの『Live!』(1975年)っていうライブアルバムがいいんだよ。小さい箱でのライブなんだけど、あのアルバムで本格的にハマったんだ。でもジャズギターにハマりすぎるとBRADIOじゃなくなっちゃうよね(笑)。

大山:どっぷりいっちゃうと……危なさそうですね(笑)。

田島:そうそう。でもギタリスト的にはおもしろいと思うよ。ロックとは全然違う発想だから。おもしろいのはさ、ロックって太い弦(6弦)から和音を考えていくけど、ジャズギターは逆に細いほう(1弦)から考えていくことが多いんだよ!

大山:それ、おもしろいですね! ハマりすぎないように勉強していきたいです。

僕のデビュー時はファンキーなリズムは当たり前じゃなかった

酒井:ベースに関してもお話を聞きたいんですけど、Negiccoのバックバンドをやって田島さんが作曲した『サンシャイン日本海』を弾いたときに……

田島:そうそう、それでBRADIOのこと知ったんだ!

酒井:ありがとうございます! あの曲ってコード進行が斬新で、気を抜くとほかのポジションに行ってしまいそうになって。

田島:簡単そうに聴こえるけどね(笑)。

酒井:そうなんです。そんな田島さんがベーシストにいちばん求めることってなんですか?

田島:う〜ん、ベースとドラムはやっぱりリズムがガッツリきてほしいよね。そこがないと悲しいよね。その点、BRADIOはすごくリズムがいいよね。ドラムもうまいし。

田邊:ありがとうございます!

田島:今のドラマーはファンキーなリズムパターンを当たり前のように叩くけど、僕のデビュー時はあまりいなかったんだよね。ゴーストノートをきれいに入れられるドラマーってそんなにいなかったんだ。

田邊:え!? そうなんですか!?

田島:そうそう(笑)。スネアはパン!パン!って2拍と4拍だけ、スネアのリバーブもすごくてさ……。

田邊:信じられないくらいリバーブかかってたりしてますもんね。

田島:そういう時代だったんだよ。ドラマーにジェームス・ブラウンを聴いてもらって「こういうのやってよ」ってお願いしたり、エンジニアにスネアにかかっているリバーブをやめてもらうようにお願いしたりね(笑)。でもある年代からファンキーなビートが当たり前のものになったもんね。本当に変わったよ。

酒井:当時は今とは全然違かったんですね。本に書いてあるリズムの取り方の章もすごく興味深かったんですが、リズム感を鍛える練習はやってきましたか?

田島:やっぱり僕らの世代のほうが、ヒップホップやダンスが普及してる今の若い子たちよりもリズムを取るのが苦手なんだよね。もともと聴いてきたものが違うから。だからリズムのとり方も自分なりに研究したりして、利き足じゃなくて軸足でリズムをとったほうがノリが安定しやすいことがわかったんだよね。

酒井:軸足でリズムをとるっていう話、すごくおもしろかったです。僕も最近、軸足を鍛えたくて体幹トレーニング始めたんです。

田島:僕は若い頃はなんにもやってなかったんだけど、35歳から体力づくりのためにボクシングをやってさ。マーヴィン・ゲイもマイルス・デイヴィスもボクシングやってたし(笑)、あの競技ってリズム感が必要なんだよね。パンチングボールもリズム感を鍛えるためだってトレーナーに聞いたよ。特に黒人とかメキシコ人のボクサーってなんかグルーヴあるじゃない? あれってリズム感のよさだと思うんだよね。

酒井:ボクシングやろうかな……(笑)。

田島:一時期オートバイにハマったんだけど、バイクの先輩にバイクのライディングもリズム感が大事って言われたよ。

田邊:暴走族はバイクのふかしがうまいほうが出世するみたいなこと聞いたことあります!

田島:そうなんだ(笑)! でもそういうのもあるのかもしれないよね(笑)。あとリズムの“タメ”のカッコよさもR&Bとかソウル系には重要だよね。僕、歳をとってからちゃんとタメられるようになったんだ。若いときはうまくできなかったんだけど。

真行寺:僕も歌をタメて録音したつもりが全然タマってなかったみたいなことあるんです。

田島:歌はダンスを意識しながら歌うと自然にタマっていく感じになるんだよね。歳をとるとリズムを冷静にとれるようになるからうまくできるようになるのかもね。

ハメを外すっていうか、バカになれるのがファンキー

田邊:あと、田島さんにぜひお聞きしたいことがあるんです。メジャーデビュー後もホール公演よりライブハウスのほうが多いと思うんですが、それぞれで何か変えることってありますか?

田島:違いはもちろんあるけど、僕もあまりわからないなぁ。でも『接吻』はホールでやりやすい。ああいうふうにみんなが知ってくれてる曲はホールでもやりやすいし、気持ちいいよね。演奏面に関しては……イヤモニってしてる?

田邊:してます!

田島:やっぱりそういう世代だよね。僕も去年始めてイヤモニ使ったんだけど、慣れなくて使わなくなっちゃったんだよね。(真行寺に向かって)どう?

真行寺:僕も使ってみたんですけど、ハズしちゃいましたね。

田島:イヤモニつけると自分の声がよく聴こえすぎて声量が小さくなっちゃうよね。それで「全然声出てなかった」って言われたりしてさ。

真行寺:僕は身体の響きが変わるのに慣れなくて。なんかしっくりこないんですよね……。

田島:そうなんだよね。イヤモニって難しいんだよなぁ。

真行寺:いやぁ、今日はいろんなお話を聞かせてくれて本当にありがとうございます。この連載でいつも聞いていることがあるんですけど……最後に田島さんにとって「ファンキー」とはなんですか?

田島:う〜ん、やっぱりハメを外すっていうか、バカになれるっていうかさ。さっきの話に繋げるとタメすぎちゃってライブもめちゃくちゃくになっちゃうっていうかさ(笑)。例えばブーツィー(・コリンズ)とかジョージ・クリントンとかって、ライブの演出もめちゃくちゃタメるじゃん? 何をするにも引っ張るっていうか主役が10分くらいステージに出てこなかったり(笑)。ああいうさ、本当にバカみたいなことができるのがファンキーだっていうことなんじゃないかな。

真行寺:バカになれるのがファンキー(笑)!

田島:そうそう(笑)!

真行寺:本当に勉強になりました。今日はありがとうございました!

田島貴男プロフィール

1966年4月24日、東京都出身。1985年レッド・カーテンを結成、都内ライブハウスで活動を始める。1987年、オリジナル・ラヴに改名(現在の表記はオリジナル・ラブ)。1988年、小西康陽に誘われてピチカート・ファイヴに加入、並行して活動を続け、同年、『ORIGINAL LOVE』をリリース。1990年、ピチカート・ファイヴ脱退、オリジナル・ラヴの活動に専念。1991年『LOVE! LOVE! & LOVE!』でメジャー・デビュー。ソウルやジャズの要素を含む洗練されたサウンドと躍動的なボーカルで数々のヒットチューンを放つ。その後、さまざまなスタイルの音楽を取り込みながらコンスタントに作品をリリース。現在はバンドスタイルのみならず、田島貴男として、ひとりソウルショウ、弾き語りでのライブを展開、エネルギッシュで圧倒的なパフォーマンスに定評がある。

取材&撮影協力:ソウルバー『カーティス』
東京都新宿区新宿3-8-5イオヤビル4F
ホームページ

[耳マン編集部]