【大学時代にやったバイト・東京編 某大学病院の院内清掃】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第12回
本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!
【第12回】大学時代にやったバイト・東京編 某大学病院の院内清掃2
大学病院の掃除はそこそこ楽だったが、楽で割のいい職など中野サンモールの回転寿司屋の数と同様腐るほどあったバブル期では、やはりそれを本職としてやる若い者などそうおらずパートのババァがほとんどで、あとは全然働かねえ中国人バイト数人とY島が集めた学生バイト(俺含む)ぐらいのものだった。
そんななかにいる数名の社員らしき人物はどれもワケありな感じで、見ていて飽きなかった。
所長とよばれるババアが一番偉かった。見た目は大仏とメスゴリラと仲本工事が緊急悪魔合体したようなパワフルなもので、明るく豪気でガハハと笑い感じは良かった。一人称が「オレ」で、ヤカンから直接茶を飲むこと以外は特に素性がわかっていない。人当たりのいいY島のことをなぜかかわいがっていて、隙あらばY島にばかりお菓子をくれようとするのが見てておもしろかった。バレンタインにはババァから「Y島、もってけ」とバレンタインチョコをもらっているのを見て心のなかで笑っていたら、所長が「ほらよ、お前もな」と俺にまでチョコを差し出してきて一気に笑えなくなった。(ホワイトデー、ババァにお返しか……落雁でいいかな)と一瞬思ったが、その年の3月はなんとなくバイトを休んでしまった。所長、すまねえ。
バイトを束ねる社員のA部ちゃんは21歳の同い年の男。仕事もできるうえいつも笑顔だし気さくだったが、たまに何の連絡もなしにズボッと仕事を休むことがある。そういうとき社員の誰かが電話すると、A部ちゃんは電話口で猛烈にキレて、わけのわからないことをまくし立てるようだった。A部ちゃんは元ヤンで、休みの日にはシンナーを吸ってリフレッシュする。しかし時々時間の感覚を失うほどガン吸いしてしまうため、うっかり連休になってしまうことがよくあった。元ヤンだったが、シンナーの方はバリバリの現役だった。休日明けに度々リアルシンナーマンに変身し、無断欠勤を咎める電話に宇宙語でブチ切れレスポンスしていたのにA部ちゃんがクビにならなかったのは、普段の精勤な仕事ぶりのおかげもあったが、「その程度の仕事」だとバイトも社員もみんな思っていたということだろう。好景気がチンタラした勤務態度を容認&助長していた。
A部ちゃんは高校中退後、テレビ制作会社でADをやっていたという。しかもその番組が『夕やけニャンニャン』だったというので、俺たちバイトはA部ちゃんをキラキラした眼差しで見つめていた。「おニャン子の誰が性格悪かった!?」「河田町のスタジオはどんな感じだった!?」「秋元康(敬称略)はこぶ平(敬称略)に似てた!?」など、よってたかってどうでもいいことを中心に質問攻めにしたものだが、返ってきた答えは「河合その子は色が白くて顔にホクロがいっぱいある」という、質問のレベルと同等のどうでもいいものだった。いまになって思えば高校中退のシンナー中毒がフジテレビは愚か、製作のニューテレスといえどバイトできるわけがなく、フカシだったのではないかと思うが、番組終了数年経ってなお『夕ニャン』の熱に浮かされていた直撃世代の俺たちは決して疑わず、元ADだし、いまだにシンナー吸ってっし、やっぱA部ちゃんは違うな! と本気で信じていた。俺たちも二十歳を過ぎているとはいえ、A部ちゃん同様バカと純真が合体している子供なのだった。
この手の大学病院には怪しいフォークロアが満ち溢れている。かなり年配の男性社員で、顔から体からボコボコでイボガエルみたいな肌の質感の人がいた。この全身イボだらけの男性のことは、バイトで入ってきた者の100%が気になっているものの、本人にそのイボの理由について尋ねることなど誰にも出来ない。バイト中にY島が俺に教えてくれた事情はこうだった。「●●さん、若い頃子供が出来ちゃってどうしてもお金が必要になったんだって。それで出産費用のためにこの大学病院のある人体実験に参加したらしいんだけど、それが失敗してボコボコになっちゃったんだって。それで大学側が責任持って一生雇ってるらしいよ」と、誰が言ったか知らない伝聞の伝聞を話してくれた。とても悲しい理由があったのだな、としばらくの間信じ込んでいたのだが、後年、医者の友人に聞いたら「あー、それはね、遺伝的な病気」と、噂を思い切り否定された。完璧にガセだった。とはいえ、大学病院での実験みたいな話がもし今後あったとしても、絶対にやるのはやめておこうと誓う契機になった。
日曜の静かな時間にシフトに入ると、ギャウワァアアァァアンンン……だとかヒャウォオン、キュウゥ~……とか、猛烈に悲痛な絞りだすような犬の鳴き声が、大合唱で遠くの棟から聞こえてくる。動物実験のための犬の遠吠えらしかった。あそこの犬は全身縫い目だらけだとか頭がふたつあるとか、これまた本当にあったのかわからない怖い話を色々聞かされて、大学病院の実態を垣間見たようで心の底から薄ら寒くなった。天気の悪い日の日没近くなど、冬場のうねった木々がポジティブパンクのジャケットの如く鉛色の空と一緒に襲いかかってくるようで、古い恐怖映画の世界に迷い込んだようで気色が悪かった。
結局、病院内清掃バイトには大学の春休みと夏休みに数回入った程度で、それほど長く続かなかった。何故かといえば、ものすごい高収入な「うまい話」が飛び込んできたからである。
【著者紹介】
掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。