【大学時代のバイト番外編・臨床実験ボランティアその1】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第13回
本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!
【第13回】大学時代にやったバイト・番外編 臨床実験ボランティアその1
「りんしょう、俺やってるで~。紹介しようか?」
ついにやってる人にたどり着いた。軽薄を絵に描いたような関西弁を話すMさんが、俺がずっとやりたくてたまらなかった臨床実験をやっていた。都市伝説的に耳に入ってきたもので、「薬を飲んで血を採ってあとは寝てるだけでたくさんお金がもらえるバイトが東京にはあるらしい」という最高に都合のいい話があり、なぜかバイト求人誌には載ってないので、やってる人を探して紹介してもらおうと思っていたのだ。そしたら、親しくしてもらっていた俺の大好きなバンドのメンバーで、当時大学生だったMさんがやってるというではないか。うわー、お願いします! と、リスクがどうかとか細かいことは一切考えず頼み込み、東京にある某治験団体の連絡先を聞いた。
「ラクいで~。何日か病院泊まって、投薬して採血して、あとダラダラしてるだけで一回8万とかもらえんねん~。超楽~」
マジかよ! 8万も!? 労働の意欲は素晴らしく持ち合わせていない癖に、金への執着だけは福富太郎にも負けない自信のあるダメ人間ど真ん中だったあの頃の俺が、そんなうまい話に乗っからないわけがない。超楽好きとして、ぜひともやらせていただきます! ラクいのだいすき~。さいこう~。
興味は元々あった。都会に転がる怪しい話を身を持って体験したいという好奇心は、多くの若者が持ち合わせているものだと思う。いまと違って興味本位な行動をとる個人を社会がそう簡単に断罪したりしない時代、享楽に蓋をする意味なんかないと思っていたから、とにかくなんでもやってみたかった。正常な社会人が眉をひそめるものほどきらびやかに見えたし、点在する都会のブラックホールに無邪気に飛び込んでいけるのも、有り余る時間を腐らせる若者の特権だ。90年代初頭にやった臨床実験は自分にとって、愛してやまない東京の猥雑を全力で浴びるチャンスでもあったのだ。
東京に住んだらやろうと思っていた酷いバイトは、実際には存在しなかった。
憧れてた売血は、もう潰れてなかった。血を売って金を稼ぐ! 金を稼ぐ能力のない奴が消極的に選択する最後の手段みたいで、それはぜひともやってみたい! と思っていたのに、都会のうらぶれを体感できる売血というアミューズメントな仕事は法で禁じられた後であり、表立ってやってる施設はない模様だった。流石の東京でもないものはないと知って落胆した。しょうがないからよく献血した。
噂によく聞く死体洗いなんていうバイトも、ありもしないようだった。大学病院で防腐剤のプールに浸かった死体を管理する仕事があるというのは人伝の噂だけで、過去にやったことのある人に出会ったことはない。テレビのトーク番組で、秋野暢子が過去にそれをやっていたことがあると話しているのは見た。「死後硬直で死体が起き上がったり屁をしたりするのを目の当たりにして腰が抜けた」と、身振り手振りを交え大仰に話していたが、あれは多分構成作家が用意した話を女優として演じてみせていただけなのではないだろうか。葬儀会社が行う湯灌のようなものであればない話ではないが、秋野さんが話していたのはそんな作業ではなかったように思う。大江健三郎の小説『死者の奢り』に書かれている死体洗いバイトの話が、本当にあるもののように流布し、都市伝説化したものだと言われている。
臨床実験はそれらとは違って東京某所に確実に存在している。厳密にはバイトではなく、「ボランティア」である。薬を飲んで検査すること自体はボランティアとして参加するという体で、数日に渡り時間を拘束されることに対して謝礼が払われる形だという。でもこれ、Mさん、体大丈夫なんですか?
「俺何回もりんしょう入ったけどなんともないで~。ヤバイのとそうでないのがあんねん。抗癌剤とか、大学病院系のわけわからん実験はヤバそうやし俺も入らんな~。本当にヤバそうな奴は海外まで行ってから薬飲まされたり、とんでもなく金額高かったりするから、そういうのさえやらんかったら大丈夫やで~」
とんでもなく金額高いのって?
「例えば、冷凍人間一ヶ月。1,500万とか」
いや、死ぬでしょそれ!
「聞いた話やで~。いま(90年代初頭)の冷凍技術だと死ぬことはないみたい。でも偏頭痛が一生残んねんて~(笑)」
それは1,500万もらってもやりたくないですね……。
「実際やった人には会ったことないけどな~。あとは足の骨骨折100万ってのも話は聞いたことある。麻酔かけてから万力みたいな機械でパッキーッ!折るらしいで~」
痛い痛い! 聞いてるだけで嫌! 治るまでに時間かかり過ぎるし安いですよ100万じゃ!
「まぁそれもやったことある人には会ったことないけどな~」
(※ちなみにMさんの話にはおもしろければいいという適当なウソが多い)そうですか……。あの、もっとラクなのないんですか?
「大体のんはラクやで~。薬飲む以外にも軟膏とか膏薬とかあるし。安いけどそれはチョ~楽。入浴剤の風呂に入って体の温度変化みるだけのやつとかもあんで~」
そんなのあるんですか! いますぐやりたい!
「そういうのはベテランから声がかかってすぐ埋まってまうけどな~。最初やったら市販の薬をちょっといじっただけのとかやれば? 例えば風邪薬やったら有効成分10ミリグラム1錠のを5ミリグラム2錠に変えるだけのとかは安全やで~」
それ行きますよ俺! むしろちょっと風邪気味にして行って、そこで薬飲んで治しますわ!
「さすがに当日熱あったら治験参加できんけどな~。りんしょう、ええで~。薬飲んで寝てるだけで飯も出るし超ラックラク~。俺向きや~」
お、俺もです~!
楽をして金がもらえる夢のような話が東京には本当にあることを知った。治験団体に行く前から、金が入ったら買うものリストを綿密に作るなどして、ダメな感じのボルテージの上げ方をしていった。
【著者紹介】
掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。