【大学時代のバイト番外編・臨床実験ボランティアその4】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第16回
本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!
【第16回】大学時代のバイト・番外編 臨床実験ボランティアその4
まぁとにかく、色んな治験に入った。守秘義務があって詳述を避けているというより、色々入り過ぎて薬の効能などいちいち覚えていないというのが実のところだ。
副作用なども基本ないが、唯一キツかったのは、狭心症の患者用の胸にニトログリセリンのテープを貼る治験のとき、健康体の者が使用したからなのか、頭痛が収まらない。しかもそれが12時間もジワジワ効果が続くというもので、あれは結構苦痛だった。頭が痛いからといって頭痛薬を飲むわけにもいかず、ライトな膏薬なのでそんなに金も良くないわ(それでも7万円ぐらいはもらえる)で、入る治験の選択を誤ったと思った。
期間が一番長いものでは、15泊16日の連投試験というのがあった。それも心臓の薬か何かだったように思うが、トータルで38万円ぐらいもらったんじゃないかとぼんやり記憶している。確かそのときは偽薬(プラシーボ効果をみるため、数名のグループのなかに薬効成分の入っていない単なるカプセルを服用する者を紛れ込ませる。治験参加時は自分が飲んでいるのが薬なのか偽薬なのかは教えられず、治験終了時に偽薬であったことを告げられる)に当たったので、ただ規則的に寝て起きて飯食って、たまに血を採るだけで大金がもらえて超優雅であった。
この頃、臨床実験で得た“らくらくマネー”で一ヶ月間海外旅行に行った。まさにこれから湾岸戦争が始まるかもしれないというタイミングで、そんな時期にのんきにヨーロッパ周遊を計画。当時の俺はいまに輪をかけて猛烈に何も考えていなかったので、まずトルコから旅行をスタートする予定でいた。が、直前になってトルコ空港が閉鎖。仕方なくギリシアからユーゴスラビアを抜けてベニス→バルセロナ→パリ→マンチェスター→ロンドンというコースを取った。スペインに入国したタイミングで湾岸戦争にマジ突入したときにはさすがに俺ゆとり過ぎかもしれないと一瞬思ったが、観光地はどこも閑古鳥が鳴いている時期(そりゃそうだ)だったので、どこも手厚い歓迎を受けて結果最高にオーライなのだった。なんというか、昔から漠然と運はいい方である。
こんなにおいしいバイト(名目的にはボランティア)はない、ということでよく友人にも紹介した。一緒の治験に参加すれば、話し相手もできて暇が潰れるからだ。
俺が紹介したI君は、たまに行っていたペンキ屋のバイト先でもっともいい加減な勤務態度の若者だった。朝6時半集合のペンキ屋の仕事に、昼過ぎになってニコニコ笑いながらやってくる図太さと、可愛げでなんでもごまかそうとする独自のライト感覚が魅力的であった。
その彼が某臨床薬理施設で入ったという臨床実験の話が、ホントかウソかわからんがすさまじかった。「ハゲを治すために頭に電極を刺し、頭皮に微弱な電流を流して発毛を促進する」というもので、数名のボランティアがエントリーしていたという。
「じゃあ、一番の●●君、どうぞ」
頭に電極を刺し、電流を発生させる装置のスイッチを入れる。カチッ。
「グアァーーーッッッ!!!」
一番の治験参加者が悲鳴を上げる。慌ててスイッチを切る技師。
「ちょ、ちょっと電流が強かったかな? じゃあ、二番の●●君、お願いします」
猛烈に不安そうな二番の彼の頭に電極を刺し、先程よりも弱めに設定し、電流を発生させる装置のスイッチを入れる。カチッ。
「グアァーーーッッッ!!!」
三番にエントリーしていたI君から帰っていいことになった。実験は中止になったとのことだった。
「俺、マジ死ぬんじゃないかと思って! 前の奴の悲鳴、チョーヤバくて! 中止になって命拾いしましたよ~!」
バイト先に昼過ぎにやってきたときと同じニコニコ顔で、人体実験ちょっといい体験談を俺に教えてくれるI君。彼の性格上、まったくのつくり話である可能性も高いが、これが俺が聞いた中でもっともパンチの効いた臨床実験恐怖エピソードである。もう、腹を抱えて笑った。
臨床実験に関して週刊誌の取材を受けたことが、この怠惰な晩餐の日々から足を洗わせるきっかけのひとつとなった。
匿名で出たにもかかわらず、治験の内容等で俺が取材を受けたことがバレてしまい、行きつけの臨床実験団体から呼び出しを食らったのだ。電話がかかってきた段階でビビりまくっていたが、なんとかごまかさねばならない。
担当者の男性は普段通りの人当たりのよい口調で、「これ、T橋くん(俺の本名)だよね?」と言ってきた。まぁ、怒られるわけでもなく、やさしく諭されて、この話は事実と違うとか(先述の頭に電極ハゲ治し実験のこと)、この方式を採用しているのはうちだけだからすぐにわかったとか、多少の口頭注意程度のことだった。口では「こ、これは自分じゃないです」とごまかしたのだが、どうやら自分が思った以上に罪悪感に苛まれていたらしく、話をしている間中汗がダラダラ流れ、手の震えが止まらず、完全に俺が取材を受けたことがバレバレであった。しかも、そのときの取材の謝礼が三千円分のビール券&取材を受けるときなぜかライターのおっさんの家に招かれて出された手製の鍋料理だけというショックなもので、心底あんな取材受けなきゃ良かったと後悔したのだった。鍋の中身がシメジばかりだったことにも軽く殺意を覚えた。
この臨床実験団体が一番職員の感じがよくてメインで通っていたのだが、以降、なんとなく行きづらくなり、それと同時期に、出される食事がおいしい店屋物から内部で作った栄養士が管理したものへと変わり、その栄養士兼調理師が食事の味付けになんでもゆずを入れるという異常行動を取り出したため(牛丼にゆず、味噌汁にゆず等)、足が遠のいていったのだった。ゆずは人を更生させる。
【著者紹介】
掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。