【大学時代のバイト番外編・臨床実験ボランティアその3】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第15回
本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!
【第15回】大学時代のバイト・番外編 臨床実験ボランティアその3
臨床薬理ボランティアは、薬を飲んで&採血して&飯食って&寝ているだけで、笑ってしまうぐらいの大金がもらえた。治験参加者の誰もがこの何の努力もいらない時間と体の切り売り業を「最高か!」と思っていた。
そこには、長髪金髪のバンドマン、自己主張の強すぎるファッションの美大生など、クセのあるルックスが故にカタギのバイト先に勤められない者が多く見受けられた。彼らは驚くほどの時間を持て余し、労働への意志が希薄またはゼロ以下で、将来まともな正業に就く気などさらさらなく、若さと健康だけが取り柄の何者でもない者たちだった。つまり、俺と一緒だ。
治験は朝一番に行われ、午前中に大方の工程が遂行される。太陽が高くなる前に山場は過ぎ、午後からは広大なヒマつぶしタイムが始まる。テレ東の昼の映画からの『大岡越前』再放送というその後の人生に何の影響も与えないテレビ視聴を選ぶか、娯楽に不向きで知識欲を満たすにも不十分な全巻揃いの治験団体備え付けマンガ群を仕方なく読むか、ひたすら昼寝するか。なかには自主映画の台本を書いたり、クリエイティブな仕事を持ち込む生産的な者もいたが、ほとんどの治験参加者は、このダメな時間の使い方選手権にボンヤリと臨むことになる。どの者たちも囚人みたいな意志未満の無表情が張り付いていた。
あるとき、ヒマすぎて「誰が一番ションベンを出せるかやってみよう」と言い出した者がいた。蓄尿と言って、臨床実験では薬効成分の体外排出量などを測定するため、尿を自分の名前の書いたボトルに貯めておくのだが、それを娯楽に転化しようというアーティスティックにもほどがあるバカな行いの提案に爆笑した。ノンカフェインで数値に影響を与えないということで、行きつけの治験団体では麦茶が飲み放題。それをひたすらがぶ飲みして小便を増産することに全精力を傾ける。最初はくだらないと思ったものの、まぁそれしかやることがないので次第に本気になる。たまに治験で一緒になることがあったAさんが次第に膀胱の調子を上げ途中から独走状態、蓄尿用のボトルのおかわりを病院側に要請。異変に気づいた職員から「Aくん、とんでもない量のオシッコ出てるけど大丈夫!?」と心配されてしまうも、Aさんのションベンの勢いを止めることは出来ない。不穏なまでに貯まった小便の量以上の麦茶をガブ飲みしているのだから当然だ。そして「これ、蓄尿レースなんで! ヒマつぶしでやってます!」と素直には言えない。最終的にAさんは一人で5リットル以上の小便を貯め、ぶっちぎりで優勝した。賞品とかは特にない。ただ、その日一日、Aさんの小便の入ったボトルで冷蔵庫が一杯になっていく壮観な様子を見ているだけで笑えて、一緒に治験に入った者全員のヒマが潰れた。あれは本当にくだらなくて最高だった。
夜になると臨床実験施設の広間では、眠くなるまでボランティア同士で会話して過ごすのが一般的だ。よくテーマに上がるのは、「この施設の看護婦、誰ならイケるか」。健康な若い男が集うこのような場所で確実に盛り上がる話題である。
臨床薬理団体は、病人のいない病院である。なので、当然看護婦(当時表記にならう)もいる。病人相手ではないためか、看護婦さんも皆明るく、仕事が忙しくないときは話し相手になってくれたりもする。
メインで行きつけていた都内の某団体には全部で10名ほどの看護婦さんが在籍しており、シフトで入れ替わり毎日6名ぐらいが勤務していたように思う。治験参加者のあいだで人気が高かったのは2名。色素が薄くて目の大きなIさんと、「10年前はこの人相当美人だっただろうな」という目線で必ず見られる美熟女のFさん。
Iさんは森下愛子に似たキツい顔の美人で、年の頃なら20代後半。俺たち大学の休みの日に治験に参加しているような者にとっては歳上の女性になるが、この団体では若手であることと、清涼感のあるクリーントーンで話す美声も相まって、彼女に当たると皆嬉しそうに採血されたりしていた。多少真面目過ぎるところがあり、態度のだらしない治験ボランティアを堪え切れず叱るときなど、多少張ったおでこを紅潮させ、大きな眼をさらに大きく見開き睨みつけていて、『スキャナーズ』みたいに爆発しそうになっていて怖かったことを覚えている。ダメ人間が集う治験ボランティアたちは、「もしIさんと付き合ったら、ちょっとしたことでもこんな感じにキレられたりするんだろうな」と思って冷めたものだが、それでも一番人気に変わりはなく、バンドをやっている者が自分のライブのチケットをプレゼントして「観に来て下さい!」とお願いしている姿もよく見かけた。その後ちゃんとライブを観に行ったようで、そこにもIさんの生真面目さが伺えた。故に一晩お願いしたいというタイプではなく、かといって付き合うと怖そうだが、そこはそれ、細かいことは気にしない。現実の話ではなく、一方的な妄想のお仕着せの話だから問題ない。
美熟女のFさんは年齢不詳だったが恐らく40手前ぐらい。ぶっきらぼうで声も低く顔つきもキツいが、何せ顔立ちが整っていた。話してみると顔の造作に比して普通にいい人で、「俺、Fさんだったら全然イケるな!」と失礼な感じで名前が上がることが多かった。この「Fさんイケる話」はどんな治験に入っても毎回出る話で、夜の診療所の定番トークだと言われた。治験ボランティアたちによって密かに愛されていたことを、この場を借りてFさんにご報告&お詫びしたい。
そのFさんに何故か可愛がられていたのが、俺にこの治験団体を紹介してくれたMさんだ。バンドマンで美大生のMさんは、「りんしょう」を始める前いつも恐ろしいまでに金がなく、ある日のこと、猛烈に背骨が痛くなり救急搬送。医者が診察したところ「栄養失調ですね」と言われビタミン剤を処方されたことがあるほどのスーパー貧乏学生だった。いつもヒョコヒョコお辞儀をしているような平身低頭な猫背で登場、香港映画にシンジケートの人間として出てきそうな怪しいルックスで、ギャグセンス抜群の嘘八割の関西弁を話す。いい意味での軽薄さが可愛げに直結しており、歳上の女性からするとほっとけないタイプになるのだろう。Fさんは破れた服を着ていたMさんに、弟が着なくなった服を持ってきてあげたりしていた。それだけでもすごいのだが、Mさんは本当に困窮していたときFさんにお金を借りていたことが発覚。そんなに大金ではないものの、Mさんの可愛げ発揮能力の高さにちょっと尊敬の念すら抱いた。
深夜、どの看護婦ならイケるかトークから、好みの女のタイプに話が及ぶ。倫理観の希薄な若者揃いなので、ここぞとばかりに名言(酷い方の)が飛び出す。
セックス・ピストルズが大好きな初期パンクバンドの若い奴ふたりと一緒の治験に入った際、ジョニー・ロットンをもっと子供にして素行不良にしたような金髪の奴が満面の笑みで言った「女は、可愛くて(自分の)意志がない! これだね!」という本物のクズにしか言えない発言に爆笑した。いまも俺の心の男尊女卑発言フォルダに所収され、時々引っ張りだしては本当に酷いよなと苦笑している。
消灯時間を過ぎてベッドルームに戻っても、健康だからなかなか寝付けない。そして宿直の職員にバレないようにこっそり広間へ行く。すると皆同じだったようで、数人でまたどうでもいい会話を続ける。今宵もダメな感じに、臨床実験施設の夜は更けていく。
【著者紹介】
掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。