【大学時代にやったバイト・伝説のペンキ屋その1】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第17回

連載・コラム

[2016/7/13 17:00]

本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!


【第17回】大学時代にやったバイト・伝説のペンキ屋その1



 「ワシ、東京でバイトしよるんが、高田馬場のペンキ屋なんよ。そこ、でーれーボロいで! 日当1万4千5百円じゃけえ! 手元(現場仕事の職人の手伝い)やっとるだけでそんくらいもらえるんじゃ、高橋もやらにゃ終えんじゃろう!」


 大学で同じクラスのホマレ君から、ハードな岡山弁でバイトのお誘いを受けた。時給750円のバイトがまだ世にゴロゴロしていた90年代初頭、なんぼバブルだったとはいえ、学生が現場仕事をちょろっと手伝っただけで日給1万円をはるかに超えるのは当時としてももらいすぎ。おいしい話には後先考えずとりあえず手を出す俺がやらないわけがない。ペンキ屋といえば、前歯スカスカのヤンキーが趣味と実益を兼ねたトルエンの安定入手先として就職するイメージしかなかったが、そんだけもらえりゃ世間からラリパッパチームの一員と見なされてもなんら問題ない。話を聞くや大慌てで電話し、すぐに面接に行った。ペンキまみれになっても問題ない2軍落ちTシャツと着古して膝の出たのびのびジーンズという即席ドカファッションに身を包み、中野6丁目のアパートから早稲田通りをチェーンがはずれないギリギリの勢いでママチャリ立ち漕ぎし、ビュビューンと指定された場所へ向かった。


 高田馬場のボウリング場の真裏に、ペンキ屋の事務所はあった。正確に言えば床塗り専門の塗装屋で、ペデスタフロアと言われるオフィスの防音置き床工事も一部手がけているとのことだった。営業社員のヒロシ(みんながそう呼んでいるので歳上だが敬称略)は厚切りジェイソンを日本人にして恰幅よくしたような、パッチリした眼差しで話す明るく精力的な男であった。重金属色の重みのある時計をした太い腕の上に、猛烈に濃い腕毛が芦毛の馬のたてがみのようにサワサワしていて、なんとなくこの会社がうまくいっていることを表している気がした。「明日からでも来てくれ!」とのことであった。大学が丁度休みに入っていたので、とりあえず一発適当に入ってみることにした。俺みたいな若いだけでなんの技術もないフラフラしたのが即日ウェルカムな程度には、建築業界全体がまだ活気を帯びている頃だった。


 朝6時半事務所に集合。そこから各地の現場にこすりまくってベコベコにへこんだ紺色のハイエースで向かう。初日は塗床だった。新人はまずカワスキでこれから塗るコンクリート床のバリなどをケレンしてハツっていく。そこから掃除してプライマーを張り、端っこの細かなところをチャンバケを使ってダメ込みしていき、最後にネタをマゼラーで撹拌し、コテモチの職人のオヤジ数名でケミクリートを床に流し込みしていく。現場作業用語だらけでまったく意味不明だと思うが、実際の作業については話の肝ではないのでわからなくて問題ない。この高田馬場のペンキ屋がすごかったのは、働いてる職人のオヤジたちのスコーンと突き抜けた品性下劣なキャラクターにある。


 牛の糞にも段々があるように、当然下品にも質や格が存在するのであり、ここのオッサンたちは単に下卑た陰湿な下層下品人類ではなく、行動がいちいちヌケの良い笑える下品キャラが揃っていて、いま思い出しても幸せな気持ちになれる。


 バイトの若い奴の間で、「カンノさんはシンナーの種類をナメて当てられる」と噂になったことがあった。溶剤、というか塗料にはエポキシ系、ウレタン系、アセトン系などの種類があり、それぞれ用途が違うんだが、それをナメるってなに!? と話を聞いただけでビックリ人間的興味が出てきた。マリオブラザーズとヘンリー・リー・ルーカスが悪魔合体したようなちょび髭に半開きの目のプチ猟奇ルックスのカンノさんの持ち技だというのだから、あの人ならそんくらい人間離れしたことが出来て当たり前だくらいに思えた。


 事務所に帰ってきて塗料の倉庫に道具を戻しに行く際、数人の若いバイトがニヤニヤしながらカンノさんの後を追う。ヒマそうなタイミングを見計らって溶剤が入った缶の蓋をわざと外し、「カンノさん、これなんですか?」と聞く。するとカンノさんは指に溶剤をサッとつけて口元に持っていき、ちっちゃい声で「エポ(キシ系溶剤)だ」と言う。ナメた! 今確実にシンナーナメてた! おもしろがってもう一人の若い奴も溶剤を持ってきて「カンノさん、こっちのはなんですか?」と聞く。溶剤を指につけてまた口元に! 「U(ウレタン系溶剤)だ」。すげえ! ナメてシンナーの種類判別してる! 新人類! 明らかに新しい特殊能力を持つ新人類の誕生だ! その能力が20世紀末の化学の進歩になんの影響も与えないのは確かだったが、おもしろければそんなのはどうでもいい! もう一回やらせてみよう! 「カンノさん、こっちのは?」と聞くと、「もういいよバカ野郎!」と怒られた! おいみんな! 新人類が怒ったぞ! 実際には鼻の下にシンナーをつけた指を持って行って臭いを嗅いでるだけなんだと思うが、ナメてるようにしか見えなくてそれからもことあるごとに俺たちはカンノさんにシンナーの種類を確認させた。ゲラゲラ笑っている俺たち若手バイトを見てカンノさんは怒ってどっかへ行ってしまった。あの怒りっぽいのは多分シンナーの吸い過ぎだと思う。

(画:掟ポルシェ)

 カンノさんは仕事は出来て、もの静かな、冗談などは特に言わない人物だが、根がスケベなため、時々猛烈に下品なときがあって、たいそう俺たちを喜ばせてくれた。


 ある日の昼飯時。みんなで近場の中華料理屋に入ったところ、注文を取りに来た肉感的なウェイトレスのおねえちゃんがミニスカートを履いていた。


 「すげえミニスカートだな、おい。ありゃあパンツ見えるんじゃねえか?」と、元ヤクザだという噂のあるイナさんが最高に品無くニヤけながら小声で俺たちに言っていた。次の瞬間、傍で「ドターッ!」という巨大な何かが倒れる音が。見れば、カンノさんが小上がりから落ちていた。おねえちゃんのパンツを本気で見ようとして、徐々に低い体勢になっていき、人体力学の限界を超えて体を斜めにしすぎてバランスを崩し、全力で小上がりからひっくり返ったのだ。それまで生きてきて、あんなに派手なズッコケはコントでも見たことがない。俺たちを笑わせようとしてわざとそのような行動に出る人では当然なく、「女のパンティが見たい!」という純度の高い欲望の為せる失敗であった。もう全員腹を抱えて爆笑。


 「カンちゃん、パンツ見ようとして落ちたの、いま!? バカだね~、カッカッカ!」とイナさんに笑われて、カンノさんは「う、うるせえ!」と恥ずかしさをごまかすためにちょっとキレていた。スケベなのも怒りっぽいのも、やっぱりシンナーの吸い過ぎだと思う。

 この手の話があと10回分ぐらいは余裕であるので、ペンキ屋をやってて本当によかったと思う。職人のオヤジが放射する一級品の下品さと、若手バイトのナメた勤務態度が渾然一体となり、シンナーの作用によって豊穣なダウナーテイストのハーモニーを奏でるのだった。次回以降はもっと酷くなる。

湾岸戦争真っ只中に海外旅行中。『ベニスに死す』の舞台となったベニスビーチでのんきに死刑のポーズ。色々と間違っているが当然何ひとつ気にしていない


【著者紹介】

掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。

[耳マン編集部]