【大学時代にやったバイト・伝説のペンキ屋その2】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第18回

連載・コラム

[2016/7/27 12:00]

本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!


【第18回】大学時代にやったバイト・伝説のペンキ屋その2



 大学時代にバイトしていた、高田馬場のボーリング場裏の床塗り専門ペンキ屋。そこには、あらゆるタイプの下品なオヤジが選抜チームの如く結集していて、そのハイレベルな下品な言動の応酬とシンナーの臭気に毎日クラクラ出来て、最高な体験だった。


 ズーズー弁でもっちゃり話すケンさんは、このペンキ屋のなかで随一のギャグセンスを誇る50代。パッチリした目元でそれなりに男前だが、への字に結んだ口からは「ハ・メ・殺・し!」等のエッセンシャル下品ワードしか出てこないという、大変信用に足る男だ。白髪混じりの短髪にアポロキャップをかぶり、ヤッケを着た上半身だけがすっくと立ち、コミカルなガニ股でヘコヘコ歩く。まさに「仕事のできるニホンザル」という風貌で、「仕事ができるチンパンジー」にしか見えないサトウさん(一度ペンキ屋の事務所に愛人を連れてくるというわけのわからない行動に出たことのある性豪60代)と双璧をなす猿系ペンキ職人であり、俺がこのペンキ屋でもっとも好きなオヤジであった。

(画:掟ポルシェ)

 俺がこのバイトに入った頃長らく不在だった北海道出身のマエカワさんが、数ヶ月のブランクを終えて職場復帰してくるという。精勤なマエカワさんはペンキ屋仕事を根詰めてやり過ぎたせいか心臓を悪くし、ペースメーカーを入れる手術を受けていたのだ。久々にマエカワさんが帰ってくるという話を耳にしたケンさんは、晴れやかな笑顔になっていた。きっと、マエカワさんの復帰を喜ばしく思っているのだろう。ケンさんは太陽のような笑みを浮かべて言った。
 「アレだべ? マエカワくんはァ、サイボーグになって帰ってくるんだべ? 改造手術受けたそうじゃあないのォ。マエカワ・ロボ、便利になってんだべナ~」
違った。マエカワさんの現状をバリバリにネタにして、俺たち若手バイトを笑わせようとしていただけだった。かなりのクズ発言のようでいて、あんなに屈託のない笑顔で言われるとこちらも爆笑するしかない。最高に心なくニヤニヤしながらケンさんは続けた。
 「右手にチャンバケ、左手にマゼラー(撹拌機)くっついて帰ってくるってェ、オレァ聞いたな~。便利だべ?」
 人間から塗装のためのペンキ屋ロボットへと華麗に進化したロボ・マエカワ・コップのフレッシュな姿を本人不在で各自勝手に想像し苦笑。そして全力でマエカワさんロボ計画を若手みんなでのっけていく展開に。
 「マエカワさん、足から半分に折りたたむと台車にもなるのな! 一斗缶運ぶのに便利!」
 「マエカワさん、空も飛ぶのな! マゼラー(撹拌機)をプロペラ代わりにして!」
 「マエカワさん、お腹に冷ご飯入れるとホカホカに温められんのな! 昼飯食うときチーン!って鳴っていいのな!」
 ケンさんの酷い話につられて、バイト全員、鋼鉄の装備をくっつけた新しいマエカワさんの設定を色々のっけていった。しばらくヒマが潰れてその日は充実した。その後、復帰したマエカワさんの姿を見て(なんだ、全然見た目ロボ化してねえじゃん)とバイト全員が思ったが、真面目なマエカワさん本人に言ったらもちろん怒られるので、想像の中だけでマエカワさんを二つ折りにして台車の代わりにするなどしていた。マエカワさん、あのときはすいませんでした!

(画:掟ポルシェ)

 現場が終わって事務所に戻る途中、我々ブルーカラーズは無造作に流れるカーラジオに耳を傾ける。その日のニュースでは、火山の火口に身投げして心中した45歳夫と40歳妻の夫婦の話を伝えていた。悲惨な話題に押し黙る車内。ふとケンさんをみると、いつものおもしろいことを言うときの顔ではなく、神妙な顔つきで俯き、組んだ指先に向かってため息をついている。
 「……もったいねえ」
 中年夫婦の心中という事件のやりきれなさに、心を痛めているのだろう。こんなケンさんは見たことがない。
 「ハァ……もったいねえなァ……」。
 俺が間違っていた。ケンさんは俺たちが思っていたような、ただの下品親父じゃない。火口に飛び込むなど、中年夫婦には余程のやむにやまれぬ事情があったのだろう。見ず知らずの他人の死を深く悼むやさしさは、誰もが持ち合わせているわけではない。ケンさん、前から思っていたけど、やっぱりホントはいい人なんだよな……。ケンさんのことを俺は誤解していたと思い、心の中で謝った。すると、ケンさんはおもむろに上を見上げて言った。
 「もったいねえ……四十か……熟れ頃だァ。まだヤれんのにな~……ああ~もったいねえ!」
 (40歳・女性)という自分のストライクゾーン(ケンさんは50代後半)に反応していただけで、この世から自分がヤれっかもしれない女性器が一個失われたことを惜しんでいただけだった。ケンさんの隣にいた俺は、ビックリして苦笑いが止まらなくなった。ケンさんは俺たちが思っているようなただの下品な親父じゃない。最悪にスーパー下品な親父だ。酷い。酷すぎる。下品のレベルを見くびって悪かった。帰り際、あの死を悼む悲痛な様子がただの前振りだったことがボディブローのように効いてきて、笑いが止まらなくなって事務所のソファーからしばらく立ち上がれなくなった。あのオヤジ、ギャグセンスありすぎて困る。

 だが、こういった本当に酷い言動は、実は俺たちバイトを笑わせるためのサービスジョークだと俺は知っていた。
 一度俺から声をかけて、ケンさんとサシで飲みに行ったことがある。東北の郷里から出稼ぎに来てること、奥さんと俺くらいの年頃の息子とがいて田舎に残してきてることなど、普段とは違う落ち着いたトーンであれこれ話してくれた。その間、ケンさん一流の笑えない冗談が一個もなくてちょっと拍子抜けしたのも事実だが、「なんか困ったことあったらァ、俺に言えよ~」と割りと真顔で言われて、違う意味で飲みに行ってよかったと思った。
 ケンさんが怒ってるのを見たことはペンキ屋時代一度もなく、温厚な良いオヤジだといえる。ただ、冗談が笑えないレベル過ぎて、時々対処に困るだけだ。このペンキ屋の中では下の上というか、かなり上品な方の下品である。次回は唖然とするほど下品な「下の下」オヤジの話を書く。

前回と同じく海外旅行の時のギリシャでの写真。病的に色白で痩せているが、これはペンキ屋業務でのシンナーの吸い過ぎによるものではなく本来の仕様です


【著者紹介】

掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。

[耳マン編集部]