【大学時代にやったバイト・伝説のペンキ屋その3】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第19回

連載・コラム

[2016/8/10 17:00]

本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!


【第19回】大学時代にやったバイト・伝説のペンキ屋その3



 高田馬場のペンキ屋は下品なオヤジの坩堝であったが、俺の労働意欲のなさと愛想のなさとてオヤジたちの底なしの下品さに拮抗し得るいい加減さを誇り、地味に使えないことに関して定評があった。「もんのすごくガマンして朝6時半に出社して、もんのすごくガマンして平日昼間にすーすーシンナー吸って、12時間ぐらいじっともんのすごくガマンしていれば14,500円もらえるからまぁしょうがねえかああそれにしても嫌だ本当に嫌だ」程度のナメた認識のもと、特に仕事を覚えようともせず、言われたことを最小限にこなす以外は職人のオヤジたちとも特に会話せず、故に口数も少なかった。職人や社長、営業のヒロシからはきっとつまらない奴だと思われていただろう。こちらもこちらで「あいつらとしゃべると社会の底辺が伝染るから」と割りと真剣に思っていたので、まぁ全然それでかまわなかった。


 時は90年代初頭。ブルーカラーの現場仕事の昼飯時、飯場での主な話題はといえば、昨日の野球の結果(俺→野球に興味がないどころか当時は見たいアニメ等が中止になるので野球がこの世から一日も早く根絶されることを願って憎悪すら抱いていた→話に入れない)、新しい煙草の味の話(俺→喫煙歴なし→話に入れない)、乗ってる車の話(俺→免許すらない→話に入れない)ということで、ウソではなく本当にパーフェクトに話すことがなかった。若いバイトはバンドをやってる奴も多く彼らとは話も出来るのだが、職人のオヤジと二人現場とかだと宇宙人と一緒にいるような気分であった。しかもイニシアチブは宇宙人側にあるのだ。最悪ったらない。


 職人のオヤジの下品な一挙手一投足は事細かに覚えているのに、当時どんな仕事をしていたか、ペンキ屋時代に関してはあまり覚えていない。言われたことを何も考えずやっていただけで、自覚的に仕事に取り組んでいなかったためだろう。

 基本は職人のオヤジが床にペンキを流し込む前の準備作業をアシストする、それだけだ。コンクリート床のバリを削(はつ)ってケレン清掃し、ペンキと床がくっつきやすいようにプライマーという透明な接合材を塗り、クラック(ひび割れ)が出ていたらペンキとアスベスト(人体に取り込まれると100年は体内に残留するという発ガン性のある建築資材。平成に入って使用が禁止されていたものの、それがないと仕事にならないということで違法に入手。その缶にはドクロのマークが……まぁそんなことは職人のオヤジ誰一人として気にせず普通にバカスカ使って適度に吸い込んでいた)を混ぜたもので埋めて、職人のオヤジが床に溜め込むペンキを材料混ぜて次から次と手渡す、このくらいの工程である。一度覚えてしまえばあまり頭も使わないので、シンナーを吸ってバカになっていてもまぁ問題なくクリア出来る程度の仕事内容である。

 とはいえ、たまに大気中に占めるシンナーと酸素の割合が9:1ぐらいの凶悪な現場があり、職人もバイトも仕事にならない程度にボンボンバカボンバカボンボンな状態になることもある。

 一度ガスタンクの内部を塗る現場(普通は組み立てる前の部品の段階で塗装しておくもんじゃないかと思うが)があった。上部は開放されているとはいえ、それ以外空気の通る穴などもちろんないので、気化したトルエンが順調に下から溜まっていく。つまり炭鉱のカナリアが炭鉱夫を兼任しているようなもんである。「倒れたらそこでやめる」というか。毒性のある成分を吸ってくれる活性炭入りの吸収缶を口に装着してはいるものの、酸素の量が減ることには変わりなく無論気休めでしかない。たまにタンクの外に出て酸素を吸うよう指示されていても、いちいちスライダー(建築現場用アルミ製はしごの商品名)を伝ってタンクの外に出ていると仕事が進まない。濃霧のような純トロの甘い匂いが肺を満たす頃には全員タリラリラーンのコニャニャチワなため、タンクの中は一面アシッド赤塚世界。頭に旗が立っていないとおかしい精神状態になっていく。

 そうして人体にとって明らかな無理を重ねタンク内を塗装しているうち、バイト頭のガクちゃん(当時22歳)が倒れてピクピクと痙攣し出した。これは早急に担ぎださなければ本当に危ない。ガクちゃんが倒れたことに気付いたのか、このペンキ屋のなかでは比較的まともな人物である社長の弟のタクさんが倒れたガクちゃんの方をチラッと見た。が、揺り起こしてタンクの外に担ぎあげるのかと思ったらそうではなく、何故か財布から千円札を出し、ろれつの回らない赤塚系ボイスでこう言った。
「カザマキぃ、お前ぇ、ジュース、買ってこいぃ」
 ……当然、ガクちゃんはブッ倒れているのだからして、ジュースを買いにいくことは愚か、自力で立つことさえ出来ない。そう、タクさんもシンナーの吸い過ぎで完全にボンボンバカボンになっていたのだ。その頃カンノさんは無言で空中に向かってローラーの付いた棒をカラカラと振り回しているだけになっていた。見えない敵と戦っていたのかもしれない。ヤンキー雑誌『ティーンズロード』が、90年代に誌面で展開していた“ストップ・ザ・シンナーキャンペーン”は正しかったなとおぼろげな意識で俺は思い、目に見えない空のペンキを延々練っていた。全員ドンギマリだった。

 炭鉱のカナリアの方と化したガクちゃんはその後救出されなんとか息を吹き返し、タンク内部も残った非赤塚化人員でなんとか塗り終えた。ペンキ屋の日常光景は、ディープ赤塚世界のギャグと死の間に存在している。

ロンドン・パビリオン! エル・レーベル!(のつもり)


【著者紹介】

掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。

[耳マン編集部]