【大学時代にやったバイト・伝説のペンキ屋その4】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第20回
本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!
【第20回】大学時代にやったバイト・伝説のペンキ屋その4
「あいつら職人のオヤジ、社会の底辺やで~。言うてることチョ~下品。でもあの、底辺オヤジにこき使われてる俺たちがもっと最悪って話やねん(笑)」
現場に跋扈(ばっこ)する下品旺盛なブルーカラー中年男性たちを、「底辺オヤジ」というとびっきりの蔑称を開発してそう呼び出したのは、俺が死ぬほど好きなバンド“マリア観音”のギター(当時)のマツイさんだったように思う。ペンキ屋はバイトでも日当1万4千5百円もらえてボロいということで、友人知人に紹介することがたびたびあったが、マツイさんとボーカルのコワタさんにも紹介して、週2~3回ほどのチンタラしたペースで、この社会の底辺に所在するペンキ屋で一緒に働くことになった。
マリア観音は、演歌とパンクとプログレとエアロビクスを合体させ、そのどれをも完膚なきまでに超える存在になろうという、死ぬ気で本気の試みだった。坊主+ヒゲ+サングラスという頭にヤの付くこわい職業の人にしか見えないボーカルのコワタさんが、下半身はチャコットのレオタードに存在感のある性器をしっとりと忍ばせ、素肌にミンクのハーフコートを纏って己の乳首を愛撫しながら、昭和50年の小柳ルミ子よりも軽やかなステップで跳躍。スーツに開襟シャツ&長髪&ヒゲといういにしえの香港映画の悪役のような身なりのマツイさんと時折舌を絡めながら、慟哭と歌声の中間の絶唱を叩きつけるすごいバンドである。三条友美と石井隆の煮えたぎるエロスを感じさせる歌詞も含め、一度見ただけで完全にもっていかれ、すぐさま虜になった。メンバー全員のルックスが、70年代のゴールデンハーベストの映画に出てくるマフィアとカンフーの使い手をどちらも兼任したようないかがわしさとあやしさで、俺にとってこれほど完璧なバンドはないと思えた。
見た目はアレとして、実際頭に暴の付く反社会的勢力の方がバンドをやっていたのかというとそうではない。メンバー4人中3人が美大生で、マツイさんも当時多摩美の彫刻科に通う学生だった。ああいったトゥーマッチな表現形態と見た目は、美意識が過ぎてしまった結果なのだろう。兵庫県出身でとにかくギャグセンスが抜群&どおくまんプロのマンガのキャラクターがそのまま実体化したようなアクの強さと適当さと明るさと狂気とセコさがないまぜになった人物で、それでいて人当たりも意外と良く、マリア観音のライブに通い詰めているうちに仲良くなって家に遊びに行くようになった。マツイさんの家に行くと、それは見事に水草を配置したベタが群れ泳ぐ美しい水槽と、キッチリ温度管理された番のヒョウモントカゲモドキの水槽が綺麗に並べられており、好きなものへの執着と凝りようは凄まじく、その爪弾くギター同様に精緻で複雑ながら情緒さえ表現されており惚れ惚れとした。素直に言えば、憧れの存在であり、尊敬すらしていたのである。
あるとき、マツイさんと一緒の塗床現場に入ることになった。朝から「皆さんが巾木(ハバキ)を塗ってる間、ワシは横でハマキでも吸うてますわ~(笑)」と労働意欲ゼロな感じのギャグをイタズラっぽく言って俺含む周囲を和ませていた。
そして、現場到着から数時間後。俺は飛び出た目玉がパーン!と破裂するほど愕然としていた。何故なら、マツイさんが、本当に恐ろしいまでに働いていなかったからである。窓のない地下室での作業だったため、肺を満たす気体におけるダウナートルエンの割合は相当なパーセンテージを占めていたこともあったが、早々にドンギマった様子で仕事を放棄&アホのふりをして「アハハハ~」と笑っているだけの状態になっていた。シンナーを吸ってかなりフラフラになっていたとしても、ほとんどの人間はなんとか手を動かし仕事を遂行していたが、マツイさんは座りションベンのションベン出てないバージョンのような体勢で地べたに座りこみ、アホのふりをして舌を筒状に丸めてレロレロしているだけで全然仕事に参加しようとしない……。
確かにマツイさんのその酩酊状態・のようなものは、俺を笑わせようという意図もあったのだろうし最初のうちは面白かったのだが、その姿は「シンナーでドンギマっているので仕事はしなくていいよね!」というズルい意志がモロ見えに見えてしまっていて、一緒の現場に入って実害が及ぶに連れ次第に腹が立ってきた。
俺も確かに使えない。とはいえ、ここまでわかりやすく仕事を放棄したことはない。マツイさん以外の人員でなんとかその日の作業を終えたものの、作業時間が経過するたびに尊敬は崩れ、「マジかよ……」と肩を落とすしかなかった。底辺オヤジとマツイさんが名付けた職人たちよりも、マツイさんの方が職能的にははるかに底辺だった。
マツイさんはギタリストとしては天才だ。自分の好きなこと、芸術の範疇にあるものや表現においてはその美的センスを最大限に発揮し、対象へ向かう集中力は尋常ではなく素晴らしい。が、自分の好きなことをやるとき以外は清々しいまでに使えない人材と化し、手を抜けるところではびっくりするほど躊躇なく手を抜く。俺も若い頃はかなり仕事というものをナメていたが、マツイさんの完膚なきまでの職務放棄に比べれば十分普通に働いているうちに入るだろう。なんの勝負かは知らんが俺の負けだ。
マツイさんとテレクラの受付バイトで一緒だった坂本慎太郎氏も、「マツイさん、友達としてはいいけど、職場仲間としては最低だよね。本当に全然仕事しないから」とボヤいていたのを思い出した。
バイトでなんの権限もないマツイさんだが、店主不在の支店であるのをいいことに、自分の友だちをよく勝手に無料でテレクラに入れていた。「高橋くん(俺の本名)、テレクラただでええから。くれば?」とお誘いがあり、俺も遊びに行った。もちろんマツイさんは仕事らしいことはなにひとつしておらず、俺が貸したガットギターを弾いていたり(のちにペンキだらけになって返ってきて何も言えず呆然)、真面目そうな新人バイトにウソの業務内容を指導するなどしてヒマをつぶしていた。
「電話のことは業界用語で“タコ”言うんや。一本電話が入ったら“1タコ”、電話中は“タコチュウ”な。商売敵が盗聴することもよくある世界やから、作業報告の確認電話が本店から入ったら隠語で言わなあかんよ。よろしく頼むわ」
マツイさんにまったくのウソを教えられた新人は、本店からの電話に対して真面目な顔で、「現在夕方から4タコのタコタコ、タコチュウです」と訳のわからない報告を入れて、店主に怒られていた。マツイさんと我々は、その様子を傍で見て必死で笑いをこらえていた。やってることは小学生並だが、下手に成人しているだけに手が込んでいてタチが悪い。その真面目なバイトはすぐ辞めたらしい。マツイさんが毎日のようにイタズラを仕掛けて彼を疲弊させたことは容易に想像できる。
さらに休みの日、マツイさんは趣味のイタズラ電話をする。一度友だち数人とうちに来て、マツイさんはダイヤルQ2に電話をかけた。女性専用ダイヤルの方に、だった。女の声色(めちゃめちゃうまい)を使い、息巻いて電話してきた男性とテレホンセックスをしようというのだ。
マ「(猛烈に舌っ足らずな声を作って)ハタチの女子大生らよ☆~、キャハッ(笑)」
見事だった。ギターの腕前と同じかそれ以上に、性的にユルそうな女の声を作るのが上手かった。性ギンギンに欲が募りすぎて前後不覚になってるとはいえ、これは電話をかけてきた男もコロッと騙されるだろう。すぐさまテレホンセックスに突入。次第に、マツイさん(女声)は、恥じらいを持った小さな声で喘ぎ始める。固唾をのみつつ笑いをこらえその様子を見守る日曜日の昼下がり……俺たちは何をやっているのだろう? まぁいい。そして、悶えのピッチが急加速&ついに相手の男性はフィニッシュを迎えたようだった。
マ「(猫なで声系の甘えた女の声色で)ねえ、イッた? イッたの?」
男「ハァッ、ハァッ、ああ……イッたよ。最高だったよ、●●ちゃん(マツイさんが適当に名乗った偽名の女名前)」
マ「そう、よかったァ……それでね、ワタシ、アナタに言わなければいけないことがあるの……でも、言えない、そんなこと(恥ずかしそうに)」
男「いいよいいよ、ハァッ、ハァッ、なんでも言ってごらん(恋の予感に色めき立ったような声で)」
マ「じゃあ、言うね……実はね、ワタシ、ワタシ……ワシ、男やねん(徐々に変わっていって最後だけ男の声で)」
男「……………………(カチャッ、と、力なく電話が切れる音)」
本当に、気の毒だと思った。
ペンキ屋の底辺オヤジの底辺ぶりを書くつもりが、ドクロ坊主並のマツイさんのイタズラ話でかなりの文字量が埋まってしまったことをお詫びしたい。
そして同じ頃ペンキ屋バイトに入ったマリア観音のボーカルのコワタさんはといえば、元警官で嫌味しか言わずバイト全員から嫌われていたスガノというジジイに対し、「俺ちょっと言ってくるわ」と皆のために正義感に燃えて現場の隅に呼び出し、坊主+ヒゲ+サングラスの決して素人には見えない風貌でカッと目を見開き、バリバリに鍛え上げられた殺傷能力を感じさせる体でドーン!と壁を殴り一斗缶を蹴り上げ、「てめえ、ブッ殺すぞ!」と恫喝していた。それ以降、スガノのジジイはおもしろいほどに無口でおとなしい人になった。やっぱりマリア観音は最高だ(いろいろな意味で)。
【著者紹介】
掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。