【整理屋の恩人・その1】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第42回
本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!
【第42回】整理屋の恩人・その1
ハッキリ言う。俺は、運がいい。あのとき、あの場所に、あの人がいたおかげで、俺はいまこうして生きている。大袈裟ではなく、本当にそう思う。俺は、奇跡的に運がいい。
1998年。借金は地味に膨れ上がって消費者金融5社トータル180万円。国産のファミリーカーの新車って多分こんな値段?程度の金額だが、ビルの窓拭きバイトの月給手取り20万円強で月々の支払いが14万円と、顔の表情筋がすべて死ぬ金額に到達。つまり家賃分抜いたほぼ全額を返済に充てるという大変シビアな状況であり、自然と屁がすぅーっと漏れた。給料日とは、「金利だけ払ってジャンプしてとりあえずあと1ヶ月は生き延びられることを確認する日」であり、もちろん生活費がないから返済中のサラ金でまた借りて華麗に自転車操業。若さに全力で甘え、とことん無自覚・無計画に転がした雪だるまは身の丈をとうに超え、ほほぅ、立派になりましたなぁと他人事のように感心するしかない。自分の将来のことを考えると延髄のあたりがズーンと重くなり、何故か耳も遠くなった。
ところで、借金の内訳を詳らかにすると、こうである。
1、 テクノの打ち込みがやりたくてアナログシンセサイザーを買いたかったが、そのシンセの音が好みかどうかわからないので中古楽器屋で見かける度全部ローン組んで買っていちいち確かめているうちに借金がこんなことに。
2、 女子プロレス対抗戦が面白すぎて「これを見逃したらもう2度と見られん!」とキャッシングしてバカスカ見まくっているうちに借金がこんなことに。
3、 CISCOやテクニークに毎日のように新入荷するテクノの12インチレコードを「これを買い逃したらもう2度と買えん!」とキャッシングしてバカスカ買いまくっているうちに借金がこんなことに。
4、 そして金がなくなると「最後の手段だ……これしかねえ!」と所持金が1万円を切った段階でパチンコ店に向かって突進。羽根物コーナーで1万円全額突っ込んで全部飲まれ、死んだイカみたいに台の前でクタッとなる。数分後、「……もう1万円突っ込めばなんとかなるんじゃないかな?」とクズの発想に基き素早く店を出てキャッシュディスペンサーに向かって突進→再チャレンジ→また撃沈→キャッシュディスペンサーから死んだ表情のまま最低限の生活費分を引き出す。
5、 この悲惨な状況を正面から受け止める勇気もないため、バイト終わりに週5で浅草橋のぶたいちろうに行ってもつ焼き食ってビール10杯ぐらい飲んで潰れる。
……と、こんな具合である。自分で書いていても思う。これは酷い。借金の理由はいろいろあれども共通しているのは、現在の快楽を優先するあまりその借金を後々どう返すか、具体的なビジョンがまるでないということだ。当時よく思っていたのは、「大人になればちゃんとした会社に正社員として就職しているに決っているし、ボーナスとか出ればこの程度の借金はすぐに返せるっしょ」というものだった。で、1998年。俺、30歳。チ●ポの周りに毛が生えて既に20周年、すっかりベテランの大人である。この論法をもってすれば、もうちゃんとした会社に正社員として働いていてボーナスをもらってないとマズいんだが、現実にはバリバリのフリーターであり、人生の帳尻合わせの件なんですが、えー、あれもうちょっと待ってもらっていいスか? ぐらいのモラトリアム街道ど真ん中を驀進中。大人としての意識ゼロ、子供でいたいずっとトイザらスキッズExtended versionである。大好きなおもちゃ(キューティー鈴木×尾崎魔弓『赤い糸』写真集、キニョネスがプエルトリコで安く作らせた中牧昭二のTシャツ等)に囲まれていたが、楽しく暮らしてきた日々に鳴り響く蛍の光に気付かないようにするのもそろそろ限界のようだ。竜宮城にもお会計はある。
よし! 俺も大人だ! もういい加減現実に目を向けて借金返すぞ! と意気込めるだけ意気込んだ。意気込み、プライスレス。しかし、意気込むだけでやはり現実が伴わず、窓拭きバイトの帰りに高田馬場の立ち飲みでビール×15杯飲む。あーやっぱりどうにもなんねえな! 借金、死んだらチャラになるって言うし、近いうち死ぬかガハハハ、と借金返済への意欲を尿意に変えて高田馬場駅の公衆便所に飛び込むと、小便器の上の方に天啓がチラシに姿を変えたものが無造作に貼り付けてあった。
「あなたの借金、1本にまとめます!」 おおおおッッ!!! マジでか!!!!
「借金でお困りの方はいますぐご相談ください」 ハーイ、ハーイ、ハーイッ!! オレオレ!! 困ってる人、ここにいま~す!!!!
これは所謂「整理屋」というやつである。多重債務者の債務を整理し1本化する名目で高額な手数料を取り、実際には消費者金融へは返済せずその金を更にだまし取ってある日雲隠れしたりという、平たく言うと反社会的勢力の方々の違法なシノギの1種だ。現代ではあまり見かけなくなったが、当時はこういった明らかにギルティなお仕事が普通に社会に紛れ込み、あまり一般社会に関心を持ったことがなく女子プロレス社会みたいな歪んだ社会ばかり見ていた自分としては、「借金をまとめてくれるのか! なんていい人たちなんだ!」と便所のチラシを見て少し涙ぐんでさえいた。俺は大事にそのチラシを持ち帰り、「これで助かった……」と安堵の息を漏らしたのだった。物を知らないというのは本当に恐ろしい。
いまでもハッキリとおぼえているのは、その日の空模様。重苦しい薄墨色の雲が地面近くまで垂れ下がり、いまにも雨が振りそうな陰鬱ここに極まれりといった天候で、まさに「暗雲立ち込める」を比喩ではなく現実にするとこうなるのだろうな、といったものだった。それは今後の人生を不安視する俺の気持ちそのものでもあったが、このチラシの住所に行って、借金の1本化に成功すれば、俺の人生にのしかかる黒い雲も晴れるだろうと思いこんでいた。純真を大人が持ち合わせるとときに死につながるということを知るべきだと今さら思う。
【著者紹介】
掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。