【整理屋の恩人・その2】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第43回

連載・コラム

[2017/8/4 12:00]

本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!


【第43回】整理屋の恩人・その2


 「あなたの借金、1本化します! これでラクラク返済!」というチラシを高田馬場駅の便所で発見した俺は、感動に打ち震えていた。「人の借金をまとめてくれる! なんてやさしい人たちなんだ!」と、感動しすぎて涙と小便が止まらなくなり、軽い脱水症状でフラフラになった。消費者金融5社から総額180万円の借金を抱え&月の返済額が月給の7割強に到達、いよいよ首が回らなくなってマグロ漁船半年コース等の強制返済プランを本気で考えなくてはいけない危機的状況+αにあった俺に、天啓が如く目に飛び込んできたチラシ。もらって3日後くらいには絶対に行くと決めた。「善は急げ」だ(※前回も書いた通り、これは「整理屋」と言って、1998年当時横行していたヤクザの違法なシノギの一種である。多重債務者の債務を整理し一本化する名目で高額な手数料を取り、実際には消費者金融へは返済せずその金を更にだまし取ってある日雲隠れしたり等。明らかな犯罪集団の作ったチラシが普通に駅の便所に貼られている、そんな時代であった)。

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 その、困っている人々の借金を1本にまとめてくれるやさしい人たちの事務所は、新宿南口の甲州街道から1本入ったうら寂しい雑居ビルにあった。店構えはやさしい人たちの事務所にしては何故か威圧感があり、会社名の看板は黒地×金文字&金の縁取りで書かれてあって近づきがたく、暴力をお仕事にされてらっしゃる団体組織の方々のそれに見えて仕方がなかった。まぁ、気のせいだろう。気持ちが陰鬱だと世界が暗く見えるものだ、多分それだ。
 1度入ったら逃げられないような重厚過ぎる事務所扉を恐る恐る開けて中に入ると、そこには細いロットでギンギンに巻いた気合の入ったパンチパーマのガタイのいい中年男性がいた。額にはなにやら刀傷のようなものがあって迫力満点&眉間に皺を寄せ眉を八の字にしてこちらを一瞥し、「チラシ見て来た? ああ、じゃそこ座って」と、客商売にしてはぶっきらぼうに言われた。なんだろう、このわかり易いまでの危険な香りは……まぁいい。細かいことを気にしていては借金の1本化は出来ない。夏場なのに長袖の服を着込んでいるのも、体中にカラフルな和風のテクスチャーが入っていることを隠しているからではなく、きっと寒がりだからだろう。そう思いたい。
 じゃ、これ書いて、とやはりぶっきらぼうに渡された書類に生年月日や実家の住所等個人情報をこれでもかと記入し、借金1本化の審判を目の前のナチュラルに殺傷力ありそうな整理屋の男に委ねた。男は、マニュアル通りに金貸しの文言をパキッとしたトーンでまくし立てた。

(画:掟ポルシェ)

 「はい、借金をまとめて1本化したい! ということで! ご来店いただいたと!」ハイ、そうです! もういっぱいいっぱいで返せません! 本当に困ってこちらに来ました!
 「はい、じゃあね、貸します!」 うっわ、ビックリするほど話早え! なにそれ! でもよかった! ありがとうございます!
 「で、あなたの他社借入金が200万円ということで!」 ハイ、そうです!(※どうせ1本化するならと整理屋に来る前に全社限度額いっぱいまで借りまくって追加で20万円借金。この頃の俺は自分で言うのも何だが恐ろしくナメている)
 「というわけで、200万円あなたに貸します!(テーブルに現金をドン!と置いて)」(やった~!という心の声を押し殺して)ありがとうございます!(泣)
 「それでですね、えー、まず、うちの方でこの200万円の中から、手数料として60万円取ります!(テーブル上の200万円から60万円ガッと取って)」(なんんじゃそりゃああああ!!!!!という心の声)えっ!? は、はい……。
 「ということであなたに本日手渡すお金は140万円になりますが、実際には200万円貸していますので、200万円の元金に対して本日成約後から金利が発生します! いいですね!」えっ、いや、その、えー? ……ハイ、じゃ、じゃあそれでお願いします……。

 いや、借金総額が200万円なんだから、140万円借りたって全部は返済できず焦げ付くだけなんですけど……ま、まぁ、何も借りられないよりいいだろう。もう追加で借りた20万もパッと使っちゃって(なんか欲しかった中古盤レコードとか山ほど購入)残ってねぇし。うん、とりあえず140万でなんとかしよう。いや、なんとかするしかない……。とはいえ、ああ、俺はどうすれば……。ていうか、いままで気付かないようにしてたけど、この人ヤクザじゃない?(ようやく正解)

 140万円しかないのにハイこれ200万円とか、訳わけのわからないことを言われて頭が混乱していた俺を尻目に、提出した書類に目を通す刀傷パンチ中年男性。すると、突如(おや?)という表情になり、俺に向かってこう言った。

 「ん? ……キミ、留萌出身か! 俺、深川だよ、北海道の! 俺、高校の頃野球やってて、留萌はよく練習で行ったんだよ。いやぁ、懐かしいなぁ……」
 先ほどまでの仕事を円滑にすすめるための怖い表情が崩れ、笑顔がこぼれてしまっている。
 「留萌は海水浴も行ったし、俺にとっちゃ、すごいいい思い出の町でさ。そうか、キミは留萌なのか、そうか……なんとかしてあげたいなぁ……うーん」
 そう言ったかと思うと、男はしばし下を向き、何かを思案しているような顔に。そして数秒後、顔を上げて真面目な顔でこう言った。

 「あのね、こんなところ来ちゃダメだよ」 え……?
 「こんなところに来ても借金は返せないからね」 ……ハ、ハイ???
 「俺は、同郷のキミに借金の取り立てに行くことは出来ない。だから、お金は貸せない」 いやいやいや! そんなこと言わず! お金貸せないって、えー、じゃあ俺どうすれば?
 「区役所の福祉課に行きなさい。事情を話せば年利4.5%でお金貸してもらえるから」 なんで整理屋の人に公的機関勧められてんの!? でも、いや、あの、えー?
 「キミの歳ならまだやり直しが利く。もう帰りなさい」
 さっきまであんなにパッキパキでどヤクザな感じだったのに、出身が自分と同じだとわかっただけで、とてもやさしい口調で、とても真面目なことを言われ、心配された。俺の悪い頭でも、どうやらここでお金を貸してもらえないことは理解できた。コワモテの整理屋男性は、扉を開けて事務所を出て行く俺に「がんばってね」と声をかけてくれた。

 たまたま訪ねた整理屋が、たまたま同郷の人だったことで、俺は奇跡的に命拾いしたのだった。自ら地獄に向かって一直線に歩みを進めていたところ、魔界の入口でこっち来ちゃダメだとすんでのところで悪鬼に追い返されたようなものだ。あとで考えてみれば、「キミの歳ならまだやり直しが利く」という言葉は、人生をどこかで踏み外し、整理屋として裏社会に生きていくしかなくなった自分のようになるなとの声のようにも思える。あのときの整理屋の男性が同郷でなければ、俺はいまこの世にいなかったかもしれない。あの一件は本当に自分の人生にとって岐路になった出来事で、いまも俺は感謝をもって度々思い出すのだ。

 が、そんなことを当時の俺はわかっておらず、南新宿の裏路地を「ああ~、もう! なんでもいいから金貸してくれよなぁ~!」と身を捩りため息をつき、暗い気持ちで帰路に就いた。どんよりとした宵の空に垂れ下がった暗雲の間から、ほんの少し星が見えはじめていた。

この頃、カラオケの十八番は『夢芝居』。陰部に括り付けたお金(本物)を1枚ずつちぎって配り歩くというショーパブ感バリバリのパフォーマンスで局地的に人気を博す(配った千円札はカラオケ終了次第血まなこで回収)

【著者紹介】

掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。

[掟ポルシェ]